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コラム Archive

前よりもはやくなっているのかも

 ロバート・リテル著「ザ・カンパニー」のページ構成は、1ページの上下に文章が分かれている、手帳のバイブルサイズの大きさ。

 「ザ・カンパニー」を読み終わって、今、「ボーン・ビトレイヤル」を読んでいます。
 これは、普通の文庫サイズなんですが、何だか、読むスピードがはやくなっているように感じます。

 前は1ページの上の段を読んだら、下の段。そして、ようやく次のページにいけますが、今は、1ページの1つの段で、次のページにいけます。

 まぁ、読んでる量は変わらないのですが、その読んだページの束にちょっと驚いているところです(笑)。

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私の悪い癖

 私はFILOFAXの手帳を愛用しています。しかし、まだまだ使いこなせていないのが現状です(笑)。
 FILOFAXはシステム手帳の元祖です。

 これまでいろいろと、どうやって手帳を活用するかを、試行錯誤してきました。
 今でも試行錯誤の途中ですが、やはり、手帳をいつでも手元に置いておき、すぐにでも手帳を見れるように、書けるように、メモをとれるようにと、しておくことが重要だと思います。
 手帳を自分の体のようにするといえばいいのでしょうか。

 やはり、手帳を活用するのであれば、手帳を使うこと。まずはこれだと思います。

 私は物を買った後、ちょっと悪い癖があります。
 物を傷つけないようにと、丁寧に扱いすぎることです(笑)。
 もちろん、傷つけないようにすることは大切ですが、ある程度、乱暴さも必要だと思います。
 まぁ、これも買ってから、しばらくの間のケースが多いですが(笑)。やはり、傷がつくとすごくショックですよねー。
 でも、そうやって、物に傷がつくことばかり、恐れていると、その物を100%活用できなくなります。いつの間にか、物に振り回されてしまうのです。

 手帳もそうでした。買ったしばらくはもう大事に大事に使っていました。そのせいで、今でもすごくきれいな状態だと思います。
 だけど、やはり、少し乱暴でも多くの活用がなければ、手帳の本来の持っている性質は発揮しません。
 それに、活用すればするほど、手帳の味が出てくるのです。

 ということで、自分の手帳を、自分流にマッチさせている途中です。

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積み重ねの結果

 

 今日、銀座に行ってきました。改札口を出ると、すごい混雑!?
 そこで思い出したのですが、今日、「東京マラソン2010」だったのですね。
 地上に出ると、多くのランナーが走っており、歩道からは「頑張れーー!」という声援が。

 天気はあまりよくなく、雨がちらほらと降っていました。昼過ぎからはいい天気になりましたが・・・。

 マラソンは簡単なようで実はすごく難しい。だけど、簡単。
 一歩一歩の歩みがすごく大きな一歩になります。

 その一歩の積み重ねが、体中を鍛え、心も鍛えてくれます。
 そうした結果、走っている風景が思った以上の風景になり、声援や自然の音が音楽になり、そうしてゴールをしたら、気持ちの良いというご褒美が待っています。これはなかなかお金にならないもの。

 というわけで、お金で味わえないものですが、それがお金で味わえることもあります。

 今日、貯金箱を買ってきました。
 実は毎日、小銭を貯金箱に貯金していたのですが、以前の貯金箱(写真の黒色バージョン)がほぼ満タンになったためです。
 一日の終わりに財布に残っている一番大きな小銭を2つ入れるというルールを決めて、毎日、貯金していました。(はじめは、一番大きな小銭と、10円単位で一番大きな小銭の2つでしたが、途中から変えました)
 10円以下しかないときは、10円を入れますが、次の日に、100円を追加で入れるといった感じで貯金していました。
 そうした結果、「39,166円」になっていました。

 毎日、貯金することは簡単なようで意外と難しいものがありますが、習慣をつけてしまうと、何だか、入れないと気持ち悪いのです(笑)。
 地道なことですが、こうして頑張った結果が、あらわれてうれしい体験でした。

 ということで、お金じゃ買えない喜びなんだけど、お金で味わいました(笑)ある意味ね。
 これは、腕時計の軍資金になりそうです。よかったです、貯金しておいて。

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あまり変わらないのでは?

 アメリカのバイデン副大統領が18日、ワシントンの国防大学で「技術の進化により、核兵器と同じ目的の達成が通常兵器で可能となった」と述べ、核兵器による抑止力の役割の一部を通常兵器で代替していくという。

 ここで、一つ疑問が浮かぶ。
 核兵器を削減することは望ましいことだ。しかし、通常兵器でその分を補うということだろうが、そこに大きな落とし穴が。
 核兵器による抑止力の一部ということは、もし、核兵器の役割を担える通常兵器になれば、核兵器がなくなる可能性があるということだろう。つまり、通常兵器が核兵器並みにならないのだろうか。ということだ。

 言いたいのは、核兵器による抑止力が土台であれば、核兵器がある世界でも、ない世界でも、今の状態は変わらないのかもしれないということだ。しかも、アメリカの優位は変わらない。

 なんか、技術の発達の使い方、このバイデン副大統領の発言を知っても喜べないですね。

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これで完成の判断とはいつ?

 あなたは目標なり、ミッションなり、ものなり・・・を完成させようとする。
 そうして、出来上がってきた。そして、あなたはそれを完成させた。果たして本当に完成させたのか。

 「完成」とは出来上がったもの。
 だけど、完成の判断というのは、どこにあるのだろうか。

 完成がわかりやすいのは、検査であるだろう。ある一定の基準をクリアすることが一つの完成形である。
 しかし、そうした数値や基準がないものもある。そして、それらの完成は、人の感性なり、個性なり、感覚なり、経験なり・・・といろいろな要素が絡んでくるものだ。

 例えば、デザインはどうだろうか。そこに完成とするところには、いろいろな判断が出てくるだろう。ある人がOKだとしても、違う人はあまり気に入らないかもしれない。
 そうしたものはなかなか目に見えないもので、感覚や持ち前のセンス、経験などが大きな要素になってくる。
 しかし、画期的なデザインを発案する者もいるから、その人はすごい。いろいろなアイデアが浮かび、結ぶついて、一つの作品、デザインが出来上がる。そして、それらは一つの完成されたデザインとなる。

 それらをデザインする側として、生産する側としては、どこで完成かということは、気持ちの問題であるのかもしれない。もちろん、他の人の条件なりも入ってくるのだろうが。

 しかし、基準やルールがあまり明確にされていないものは、完成という判断をするのがなかなか難しいものだ。

 それでは、基準やルールがわかっていれば、完成は完璧かというと、そうでもない。その基準やルールがなぜ、存在するのか。何を完成させたいのか。どういう方向に向かっているかなど、物事の本質をわかっていなければいけない。もし、それがわかっていなく、しかも、基準自体がおかしければ、思わぬ方向に向かい、大変なことになるであろう。

 基準やルールが明確なものとそうでないものに共通することは、本質を理解することだ。何をしたいのか、何が求められているのか、など方向性・方針、テーマがきちんとわかっていれば、完成という判断は近くなる。
 しかし、この判断の力を養うことは難しいものだ。
 力をつけるためにも、目標に向かって、進むことだろう。

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印刷された紙からできないのか

 資源というものはいつかなくなってしまうかもしれない。
 そんな懸念が大きくなって、環境問題への関心が高まっている。

 日常生活でペンを使うことは誰もが使うことだろう。
 そして、日常生活で、ペンで書かれた紙を目にすることも普通だろう。さらには、プリンターで印刷されたものを見ることも、数え切れないほど、身近な存在であるだろう。
 気がつかないところでも、多くのそうしたものが存在するわけで、携帯電話よりなくてはならない存在であるように思える。

 しかし、それらの紙も資源の一つで、数は限られているのが現状だ。
 恐らく、毎日、大量に消費されるものの中でも実に高い位置にあるのではないだろうか。

 その紙に表示するためのインクも同様、実に身近な存在で、なくてはならない存在である。
 そこで、このような使用された紙のインクを再利用できないのだろうか?っと疑問に思った。

 もし、これが可能であるのなら、資源の有効活用に大きな貢献をするのではないだろうか。
 紙に書かれたインクを分離して、インクが再利用可能になれば、どんなに大きい影響を与えるだろうか。
 そうすれば、インクの原料がなくなるということも、時間を稼げることになる。
 インクの原料を地球から搾り出すのを防ぐことにもなるだろう。

 ただ、紙とインクをまずは、分離することは可能なのだろうか。さらに、インクを再利用するのは可能なのだろうか。
 そうしたことは恐らく、研究されているのだろうが、どこまで進展しているのだろうか。

 ただ、インクを再利用できるようになったとしたら、悪影響もあるのだろう。
 その一つに、何となく使う比率が大きくなるだろう。今まで以上に無駄な使い方をするかもしれない。
 他にも、いろいろなところで弊害は出そうだ。
 インクを再利用する形で、新しいインクの売り上げにも影響が出るのだろう。
 それらのバランスを考えることは必要だが、環境という私たちの土台がなくなれば、どうしようもない。

 新しい技術と新しい発見、新しいものをうまく活用していかなくては、私たちの未来は本当に暗いものになる。

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こんな長編ものは初です

 今読んでいる小説なんですが、これが約500ページあって、1ページの構成が上段と下段に文章が分かれている形式なんですが、これが上巻と下巻とで分かれています。
 つい最近、ようやく上巻を読み終わって、今、下巻に入っていますが、ここまでの長編ものの小説、今まで読んだことがありません(笑)。

 まぁ、いつもの普通の小説より、物語が長いというだけなんですが(笑)。

 でも、500ページもあるなーって、はじめは思っていましたが、夢中になってると、あっという間にページは進んでいて、気付いたときには、3分の1に、半分に、3分の2に・・・そして、上巻読み終わっていました(笑)。
 夢中になると、こんなものです(笑)。

 やっぱ、小説は面白いですねー。ときたま、夢中になれない小説もありますが、大抵は夢中になれる。もしくは、夢中になれる部分があるもの。
 やっぱ、小説を読むのはやめられません。

 それと同じく、雑誌も専門書もやめられません(笑)。

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