写真の深さを少し感じました

 写真を通して社会に訴えかける雑誌「DAYS JAPAN」。愛読していて毎号、読んでいます。この雑誌の特徴は、単純にこれはおかしいことをそのままストレートに「おかしい」と訴えかけるところだと思います。
 おかしなことでも、その対策がなければ、現実はなかなか変わらない。でも、それでも「おかしい」と訴えかけることは結構、難しかったりします。
 写真で世界に変化を起こすことは結構な難しさであると思います。

一枚の写真が国家を動かすこともある。

 このことを掲げて、写真を通して訴えかけています。
 私自身、写真を素人レベルでまだまだ未熟ですが、やっています。撮って見るたびに写真の難しさを感じています。そして、写真展などに行くと、訴えるものがある写真を見て、「どうしたら、見るものをとらえる写真が撮れるのか?」と思ったり(笑)。

 写真でとらえたいモノを伝えること。例えば、普通のボールペンでも表現の仕方一つで、そのボールペンが素晴らしく欲しいものに変化する。
 きれいに見せるのもそうですし、あるモノゴトを感じてもらう写真は難しいですね。

 DAYS JAPAN(2012年1月号)の「サルガド・ワークショップ 日本写真芸術専門学校生徒たちの4日間」の記事は読み応えがありました。
 そこには、一つの写真を見て、その写真の伝えたいことが見る側に伝わるようにしなければならない、ということがありました。心にとまる写真はそれでも難しいもので、ちょっとした写真の深さを感じることができ、今後の私の写真にも影響させようと思っています。

 写真には、様々な表現があると思います。景色がきれいだとか、訴えたいモノがあるとか、資料としてだとか。様々な面を持っていると思います。それぞれに適した写真の表現があるでしょうし、可能性もあると思います。
 ただし、それが見る側に対して、影響するかどうかはまた別次元だったりするのかもしれません。単なるきれいなだけではない何か。単なるそこにあるものだけではないもの。それを込めた写真の表現は難しいですね。

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