被曝を背負うということはどういうことなのだろうか

 福島第1原子力発電所事故問題は依然として続いています。震災の復興が少しずつ進むのに対し、原発問題はなかなか厳しい状況であります。その原発事故には放射性物質による汚染という大きな問題があります。
 SPA!(2011.9.20-27号)で「総力ワイド」として「原発事故との戦いは終わらない」というテーマで、被曝の問題が取り上げられていました。

 日本は、世界で唯一、原子爆弾を落とされた国であります。広島と長崎といえばわかることでしょう。その日本にはこれまで、その原爆による被曝の問題がこれまでも続いてきています。
 被曝が与える被害は恐るべきもので、戦争や原爆に対しての風化が問題になりながらも、語り継がれ、このような過ちを繰り返してはいけないと、地道に訴えてきた方々がいます。自身の被曝体験を、懸命に語り同じことを繰り返さないために。
 しかし、3.11の原発事故で新たな被曝者が出てしまうことになってしまいました。

 記事では、被曝者が語る厳しい現実が語られており、重い現実を突き付けられました。
 被曝者に共通するのは白血球数の著しい減少で、被曝していない人と比べると病気になりやすいといいます。さらに、子供の被曝は生殖腺に影響を与えやすいとされ、将来、子供をつくる際に問題になる…という。
 身体的に大きな問題になる被爆ですが、放射線に起因する病気というものは、決して特異な病気ではなく、癌にしてもその他の病気にしても、いわばどこにでもある病気だといいます。そのため、被害をできるだけ小さく見せようとする政府はなかなか原爆症と認めないということが起きるといいます。しかも、いったん政府が放射線のせいではないとなれば、覆すことはかなり難しいのが現実です。今回の原発事故も気をつけなくてはならないと、訴えています。

 身体だけに影響が出るわけではなく、精神的にも大きなダメージになります。
 それが差別です。現に差別は生じており、社会的な問題ともなっています。それに、思い出深い地元の土地を泣く泣く離れないといけない、しかもいつ復活するかもまだわからないとなると。
 そして、精神的にも身体的にもというのが、病院で何か病気を告げられても、「被曝のせいか」という懸念が付きまとうといいます。

 これら、被曝者の体験や想い、は重いものですが、原発事故という現実が、この教訓の大切さをつきつけられたと感じます。
 今後、私たちの生活の土台の問題をきちんと考えなくてはなりませんね。

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