公園のようにゆったりできた、宇都宮城址公園

 9月24日(水)、栃木県宇都宮市へ行ってきました。
 遅い夏休みをもらったので、お城を見に行くことにしました。ただ、この日は不安定な天気(予報)なので、山とかちょっとした田舎の方はやめようと思って、いろいろ情報収集していたら「宇都宮城」になりました。

 「東武宇都宮」駅から歩いて約15分ほどで、「宇都宮城址公園」に辿り着きました。

 

 門をくぐると、本丸跡の広場が広がっていました。(宇都宮城天守閣はなく、本丸跡の広場となっています)

 土塁上にものぼることもできます。

 からのちょっとした眺望も楽しむことができました。

 

 

 

 

 門辺りでは宇都宮城のことを紹介するコーナーがあり、スタッフの説明もありました。

 宇都宮城に関する資料などが展示されていたり、地理の模型なども見れました。

 

 

 スタッフの人に市街地にお城の面影を感じるポイントを教えてもらいました。その一つに、お城から少しのところが急な斜面になっているところがありました。

 他にも、ポイントはあるみたいでしたが、雨が降ってきたりと。ここらへんで区切ることに。

 

 宇都宮城は、平安時代後期に築かれたそうです。

 鎌倉時代以後は、宇都宮氏の居城で、この城を根拠地にして、二荒山神社の祭祀を行い、周辺を支配していたといいます。
 南北朝時代から戦国時代は、日本中が戦乱に巻き込まれ、宇都宮城とその周辺も戦いの舞台になったそうです。戦国時代の終わり頃には、後北条氏の攻撃により、城下町が焼かれたこともあるそうです。この頃の宇都宮城は、敵の攻撃に備えるため、深い堀と高い土塁(土手)を持つ守りの固い城だったそうです。

 約500年間宇都宮を支配してきた宇都宮氏は、豊臣秀吉に滅ぼされ、江戸時代には譜代大名の居城となり、本多正純が城と城下町のつくりかえを行ったそうです。
 江戸時代の宇都宮城は、東西・南北とも1km近い大きな城で、天守閣はなく、石垣も一部にあるだけだったそうです。
 宇都宮城の最大の特徴は、将軍が日光参詣に行く時に宿泊したこと。

 

 宇都宮城は戊辰戦争で建物の大半が焼失してしまったそうです。
 そして、宇都宮城址公園は、江戸時代に宇都宮城本丸があった所で、昔通りの位置、規模、構造を基本に土塁、堀、櫓、築地塀を復元したそうです。

 

 

 

 宇都宮城址公園は、江戸時代中期の宇都宮城本丸の一部を、伝統的な工法を用いて復元したものだそうです。
 場所は、栃木県宇都宮市本丸町、旭1丁目(宇都宮市役所東側)、面積は約3.7ha。

 

 宇都宮は観光名所はいろいろあり、新選組土方歳三関連のところもいろいろあるみたいです。

 

 

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