奥に行くとちょっとした高台のような感じの世田谷城址公園

 お城が結構好きでお城巡りに9月23日(火)、東京都世田谷区の「世田谷城址公園」に行ってきました。

 最寄り駅は東急世田谷線「宮の坂」駅。駅から歩いて約5分ほどで「世田谷城址公園」はありました。

 の姿はなく跡地となっており、ちょっとした公園となっていました。

 

 

 

 

 一番奥には、少し高い場所になっていました。

 

 遊ぶ場、休憩も。

 世田谷城は武蔵野台地の一角、南東に張り出した舌状大地の先端部に立地し、西・南・東の三面に烏山川が蛇行し、北には小支谷が入る。14世紀後半に吉良治家が居住したのに始まるという。
 吉良氏は清和源氏・足利氏の支族で、世田谷吉良氏はその庶流にあたるそうです。はじめは、鎌倉公方に仕え、15世紀後半に関東が乱れると関東管領・上杉氏やその家宰・太田道灌に与力し、16世紀には北条氏と結んだという。北条氏と上杉氏との勢力争いで、享禄3年(1530年)には世田谷城は攻略されたそうですが、のち吉良氏の手に復したという。この間、吉良氏は北条氏と婚姻関係を結び、その庇護下にあったが、天正18年(1590年)、豊臣氏の小田原攻略により、世田谷城も廃城となったそうです。

 世田谷城は吉良氏の居城として知られているそうです。
 貞治5年(1366年)、吉良治家により築城されたといわれています(定かではないそう)。
 城郭の構造は、中央に位置する廓は南北約120m、東西約60mほどの広さで、本来は南北に開口していたと考えられる台形の土塁に囲まれています。
 世田谷城址公園には、土塁と堀の一部が残されているそうです。

 近くには、井伊直弼のお墓があるお寺も。

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